ショーメ、ヴァンクリにメレリオ・ディ・メレー……パリのヴァンドーム広場にはグランサンクと呼ばれる、フランス屈指の有名ジュエラーが軒を連ねています。ティファニーにハリー・ウィンストンなどのアメリカンブランドももちろん人気はありますが、宝飾界での伝統、歴史、そしてデザインで彼らの右に出るブランドはそうそうないもの。
そんなヴァンドーム広場に店を構えながらも、1代でモダンジュエリーの最高峰にまで昇りつめたジュエラーがいます。ジュエリーに精通している方なら、もうピンと来ているかもしれませんね。今回はジュエリー界の覇者JARのジュエリーの魅力をたっぷりお伝えしたいと思います。
JARって何者?
彼を形容する褒め文句は幾多も存在しています。ルネ・ラリックの生まれ変わり、またはロシアのファベルジェの再来などなど、ジュエラーにとってこれ以上にない褒め文句で紹介されるのがJAR ことJoel Arthur Rosenthal。
彼の素晴らしいジュエリーを語る前に、まずはその経歴について触れてみたいと思います。
ハーバード卒の遅咲きジュエラーの正体
1943年にニューヨークのブロンクスで生まれた彼は、ニューヨーク市立短期大学で言語学を専攻した後、ハーバード大学に編入して美術史、哲学を学びます。1966年にハーバード大学を卒業した彼は、その後アメリカを離れパリに渡ります。
そこで自身のスモールビジネスを始めますが、軌道に乗らず閉店。しかしこのパリでの苦行時代にジュエリー、特に宝石デザインに関しての情熱が開花していくのです。
ジュエリーとアートの都に思いを馳せながら彼は一度ニューヨークへ帰国し、ブルガリに勤務、ジュエリー産業への憧れを募らせていきました。天才JARは、いわゆる10代から宝飾職人へ徒弟に出た訳ではなく、30代でジュエリー業界に転職し、早々とジュエリーデザイナーとしての才能を開花させた類まれなケースとして知られています。
彼本人のジュエリーショップは、1978年に前述のヴァンドーム広場にオープンし、それ以降セレブの為のオリジナルジュエリーのみをデザイン。そしてそのデザインを元に、パリの最高レベルの職人がジュエリーを制作するという完全分業体制で、ジュエリーを制作しています。
彼のような遅咲きのジュエラーは、見習い彫金師、ジュエリーデザイナーにとって究極の目標であることは言うまでもなく、彼の高価なデザイン画集は、ジュエラーの卵たちの教本にもなっているのです。
21世紀最高のジュエラーの割には知名度がない理由
20世紀が生んだ最高のジュエラーと呼ばれるJARも、御年75歳を迎え、そろそろ現役引退のカウントダウンに入ってきました。ジュエリー界では泣く子も黙る王者であることは言うまでもありませんが、実際彼の名前は日本だけでなく、そこまで広くは知られていません。
つまるところ彼は大のジャーナリスト嫌いであり、なおかつスポンサーからの資金提供も、自身の作品に口出しをされたくない!という理由から断るような頑固な職人気質の持ち主。その為そのデザインセンスに関しては右に出る者がいないと言われていても、実際その認知度はそんな理由からスッポリと、大手ブランドに埋もれた状態なのです。
彼の肖像すらあまり伝わっておらず、いくつかの新聞・雑誌インタビュー、または彼自身の作品展覧会で彼の作品を目にする以外には、JARの作品そして人となりを見聞きするチャンスは転がっていません。
日本での展示会は現在までに行われたことがありませんが、パリやニューヨークでは過去に展示会が行われ大盛況に終わりました。特に彼の作品400点あまりを一挙に公開したメトロポリタン美術館での「Jewels By JAR」は世界のジュエリーコレクター、ジュエラーを巻き込んだ大センセーショナルな展示会となり、世界中からJARジュエリーを一目見ようとニューヨークに観光客が大挙した大イベントとなりました。
その展示会では、ミュージアムショップにおいてゴールドメッキまたはシリコン製の3Dスキャンジュエリーや時計などが販売され、各600~4000ドル程度で販売され大盛況を収めたことも記憶に新しい出来事です。
JARのジュエリーの特徴と人気の秘密
輝かしいJARの軌跡を振り返ってみましたが、ここでは彼の紡いだ宝石と宝石の共演を見てみましょう。恥ずかしくなる位の褒め文句で形容される彼のジュエリーは、どんな点で一線を画しているのでしょうか?
パヴェマジックが眩しすぎる!
言葉で説明するよりも、まずはこれらの画像を見て頂ければ、その素晴らしさがダイレクトにあなたのハートに響くはず。なんなんでしょう、この宝石たちの煌めきは!びっしりとはめ込まれた、爪の存在を感じさせない留め方を、パヴェ留めと言います。
すなわち地金をほとんど見せることなく、宝石を少ない爪で留めることによって、ギッシリと宝石がひしめきあった豪華さを演出させているのです。この類まれなるパヴェ留めの技法こそが、まさにJARジュエリーの特徴と言えます。
イタリアにマイクロモザイクといって、細かく切断されたモザイクをひたすら敷き詰めて対象物に生命を与えるかのような技法があります。JARが作るジュエリーもまるでマイクロモザイクのように、その陰影という細かなグラデーションを宝石で表現し、まるで絵画作品から飛び出してきたような美しさがあるのです。
彼が使用する宝石はダイヤモンド、サファイヤ、真珠から希少宝石の1つであるアレキサンドライトなど、そのモチーフに合わせて予算を度返しした豪快な石使いを見せています。いやはや豊かな資金があってこそのなせる業ではありますが、彼はそれ以外にもアンティークのカメオ、18世紀のマイクロモザイク、また本物の昆虫の一部を使ったジュエリーも制作しており、まさにコレクター眉唾物の1品ジュエリーのみを制作しているのです。
https://www.pinterest.jp/pin/548805904565277649/
https://www.pinterest.jp/pin/456904324682969637/
https://www.pinterest.jp/pin/816066394948596471/
https://www.pinterest.jp/pin/463167142918253016/
アールヌーボーの要素がキラリ!自然の営みが見えてくる
なかなか私達にはJARの作品を目にする機会はありませんが、特にアールヌーボーの関連性がしばし指摘されます。彼の作品は蝶やトンボなどと多用し、まるでヴェルサイユ宮殿の庭園から摘み取ってきた瑞々しい花々のモチーフも少なくありません。逆に動物モチーフは大変少ないのも特徴です。
1900年代前半に活躍したジュエラーの再来と言われるその理由は、彼のジュエリーには人工的に作られた打算的なデザインではなく、あくまで自然が創造の源であり彼のキャンバスであることが伺えます。
以前にクリスチャンディオールのハイジュエリーをご紹介したことがありましたが、そのデザインに関しては類似性が見られます。しかしクリスチャンディオールのそれは宝石をより大胆に使い、ジョージアンから続くジャルジャネッティ(イタリア語で庭園)の世界をモダンに変貌させ、そして自身のブランドの高貴さを誇張するデザインになっています。
逆にJARの場合は、その全てのジュエリーがまるで自然をそのまま生き写したようなリアルさがあり、ブランドを誇示するイヤらしさは感じられません。また地金にかんしてもゴールド、プラチナ一辺倒ではなく、それぞれの主題に合わせたメタルを厳選し、燻し銀やチタン、アルミニウムを駆使しながら、その類まれな世界観を表現しているのです。
https://www.pinterest.jp/pin/559853797412823811/
https://www.pinterest.jp/pin/507077239287018277/
(上記はクリスチャンディオールのファインジュエリー)
JARのジュエリーを購入するには?
もしあなたが本当に一流のお金持ちで、舞踏会を頻繁に開催するような方だとしたら、もしかしたらJARの作品を購入できる可能性があるかもしれません。JARが紡ぐジュエリー群は全て1点ものなので、量産が可能なシルクスクリーンではなく、画家が膨大な時間を費やして描いた秀逸な油絵作品と似ているかもしれません。
しかもその全てが顧客に似合うようにデザインされたものなので、まさにあなただけの為のジュエリーなのです。果たしてどんな手段をとって、どれだけ諭吉を積めば彼のジュエリーを購入できるのか?とても気になるところです。
オークションまたはジュエラーから購入するのが吉!?
まず彼の作品を手に入れる機会についてですが、
①オークション
②個展での注文会
③オンラインで個人蔵またはジュエラーから直接購入
④パリの本店での注文
の4通りが考えられます。
オークションでJARのジュエリーを手に入れるには
まず最初のオークションですが、クリスティーズ、サザビーズやボンハムズなどの一流オークション会社によって、稀に彼の作品が出品されます。2006年のクリスティーズのオークションで米女優エレン・バーキンのジュエリーコレクションが出品された際には、彼の作品が17点も含まれていました。しかし彼のジュエリーに関しては1000万超えが当たり前、数億円にまで膨れ上がる傾向にあり、さらに20%以上の落札手数料もかかるため、オークションでの購入はあまり経済的ではありません。それでも投資目的で購入を望む顧客は後を絶ちませんが……。
JARは客を選ぶ店
②、④番のオーダーメイドジュエリーに関しても、あくまで彼のジュエリーが似合う人間であるのか?そのルックス、身体、そして社会的な知名度などを徹底的に精査され、JARのジュエリーを持っても恥ずかしくないと判断された場合のみ注文が可能になります。(!)因みに彼のパリにある本店はいわゆる路面店ではなく、選ばれし者のみが入店を許可される、まさに客を選ぶ店であることも覚えておきましょう。
インターネットやジュエラーからJARを購入する
現実的に彼の本物の作品を購入できる可能性としては、ジュエラーや個人コレクターからオンラインを通じての購入に限るでしょう。あまり流通がない彼のジュエリーですが、小ぶりで地味なジュエリーはしばし、オンラインショッピングで数百~数千万程度で購入が可能な場合もあるようです。
マドンナもJARのジュエリーを愛好
あのマドンナもJARジュエリーの虜になった一人で、ハリウッドセレブや各国王室メンバーの為の、選ばれしジュエリーと言っても過言ではありません。お給料の数か月分というレベルではなく、もはや一般の人の生涯収入を投じてようやく1つ購入できるレベルなので、どうしてもという方は彼の画集で我慢しましょう。ただし彼の作品集ですら10万超えの高級品となっていますが……。
https://www.1stdibs.com/creators/jar/jewelry/ (オンラインショッピング)
https://www.amazon.co.jp/Jar-Paris-Joel-Arthur-Rosenthal/dp/095430960X (Amazon画集)
ジュエリーがだめなら香りで勝負!?
ジュエリー関係者でも根強いファンが多いJARですが、実はジュエリー以外にも香りに力を入れていることでも知られています。つまり彼はジュエリーだけじゃなく、香水のラインもいくつか発表しているのです。
あまり知られてはいませんがJARの香水はパリのJAR Perfums Parisだけでなく、世界の有名百貨店やイベントなどで購入可能!JAR Golconda、 Diamond Water 、 Gardenia 、 Bolt Of Lightning 、Shadowなど様々なフレグランスが揃っています。
高貴でリッチな香りを楽しめるということで、これまた世界のセレブに愛好されています。勿論価格はやっぱりJARらしい500~800ドル程度の強気プライス。本気で香水フェチの方は大枚はたいて買う価値はあると思いますが、香りだけにこのお値段をポンと出せる人は少ないと思われます……。
因みにこちらのパリにある香水専門店は予約なしで入店、購入できるので、気になる方は是非足を運んでみてはいかがでしょうか?
https://www.facebook.com/pages/JAR-Parfums/112671148794082 (JAR Perfums Paris FACEBOOK)
まとめ
今回は次世代のアンティークジュエリー候補の1つと言われているJARのジュエリーを特集してみました。いやはやもはやハイジュエリーだとかモダンジュエリーなどと形容するのがばかばかしくなる位、別次元の美しさを醸し出している彼のジュエリー。
日本にいるとなかなか彼の本物ジュエリーを目にする機会はありませんが、彼の展示会が次回開催された暁には、是非あなたのその目で本物のJARジュエリーの美しさを堪能してほしいと思います。